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2010年10月27日

Albert Ayler『Nuits De La Fondation Maeght 1970』

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専ら愛聴盤。
Ayler聴くとなんか心がほっこり和みます。

この頃のAylerは、もうなんか後光が差しています。
サーっと光差してラッパ持った天使が降りてくるような。
マーチングバンドのような牧歌的なメロディーと
相反するようなフリーキートーン。
それに加えピアノもドラムもそれぞれが独立しているような
自由な演奏を繰り広げるのに何故か調和している。
木の葉のざわめきや、小鳥のさえずりや、小川のせせらぎが
それぞれ独立しているのに見事な調和をみせるかのように。

あまりに素晴らしくて美しくて、何も言えなくなってしまいます。

投稿者 metalx : 11:26 | コメント (0) | トラックバック

2010年10月25日

Eric Dolphy『Last Date』

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他人から褒められるほど立派なことをしているわけじゃないが、
自分としてはまじめに一生懸命がんばっているつもり。
しかし、報われない。辛いことが起こる。
穏やかに、幸せに過ごしたいだけなのに。

Eric Dolphy『Last Date』を聴く。1964年録音。
この録音の約1ヵ月後に急逝するが、それが悔やまれる素晴らしい演奏。
どの曲も甲乙つけ難いほど素晴らしいが、とりわけ名演奏とされる
「You Don't Know What Love Is」がやはり白眉。
Dolphyにしては珍しくしっかりThemeをメロディアスに吹き上げながら、
流れるようにインプロヴィゼイションに入っていく。
抑えた伴奏がDolphyのフルートの響きを際立たせている。美しい。
フルートという楽器がこれほどの表現力を持つとは知らなかった。
後半にあるブレイクが入りベースとフルートのみになるパートが
また鳥肌が立つほど美しい。

これほどの才能を持ちながら、惜しまれつつ彼は36歳で旅立った。
ほんとうに惜しい。まだまだ新しいアイデアで素晴らしい演奏を
したであろうに。

投稿者 metalx : 11:19 | コメント (1) | トラックバック

2010年10月08日

『青春リアル』

最近、NHKの『青春リアル』にハマってる。
NHKって前から面白い番組作るよなー。民放とは製作意図が
明らかに違う。

『青春リアル』も前から知っていて、何回か見たことあったけど
先日たまたまTVかけてたらやってて、観てたらハマっちゃった。

出てる子たち(大体ひとまわりも違う・・・)がみんな一様に
悩みを持って意見をぶつけあって、真剣に生きてる感じが
ひじょうによい。
自分自身を振り返って、思い巡らすことしきり。

今は番組公式サイトの各人のトピックを読むのが日課です。

そういえば、あいかわらず2chもしてるけど、ROMってばっか。
オンもオフも人とコミュニケーションとってないな・・・

投稿者 metalx : 21:10 | コメント (1) | トラックバック

2010年10月04日

Albert Ayler『Albert Ayler In Greenwich Village』

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染みるねぇ。Aylerの音色はこんなに放埓なのに人懐っこくて、
人恋しさに溢れている。
人間賛歌。そんな風に聴こえませんか?

繰り返し何回でも聴いてしまうので、コンプリート盤の方を
買おうと思っています。
あの、ジャケットダサいの。

Coltraneのヴィレッジ・ヴァンガードのコンプリート盤も
そうですが、あのジャケットセンスは何?

せっかく内容が至宝なのにもったいない・・・

それに比べてAylerのレア音源BOXの愛のあること。
ファンには感涙の一品ですね、あれは。

投稿者 metalx : 19:00 | コメント (2) | トラックバック

2010年10月02日

阿部薫『またの日の夢物語 SOLO.1972.1.21』

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阿部薫の音楽を、その凄絶な生涯や鈴木いづみとのセンセーショナルな結婚生活を
引き合いにして語るのはフェアじゃないと思う。

それはそれ、音楽は音楽。
そういう私生活うんぬんばかり取りだたされて、やれ孤高の天才だとか不世出の
才能だとか揶揄するのは、はなはだ阿倍の音楽に対する冒涜であり阿部自身に
失礼だと思う。
阿倍の音楽には、そのとっつきにくく周りと協調できない性格故の孤独さや
純粋培養さが出ているのは確かに事実だ。
だが、それ以前に阿倍のパーソナリティーが深く反映されながらも、時代性や
阿部自身が消化吸収した偉大なる先達たちの音楽を、確固として再構築せんと
するその挑戦にその意欲にできればぜひ耳を傾けてほしいと思う。

阿部を手放しで賞賛する人々の中に、彼が敬愛したEric DolphyやAlbert Ayler、
そしてJohn Coltraneといった天才達の音楽を理解し愛した人がいったい
どれだけいるだろう?
連綿と続くジャズ/マイノリティーとしての黒人音楽の中でより斬新で革命的な
音楽の方向性を、類い稀な才能を惜しみなく注ぎ込み模索し挑戦し、そして完成
を見ずに散っていった尊大で愛すべきミュージシャン達。
阿部はそこに内なる疼き(Inner Urge)を感じ取り、自身と重ね合わせて自分の
吐露すべき何かをSaxという楽器を用いて表現したかったのだと思う。

このころの阿部はまだ若く血気盛んな時期。
「誰よりも速くなりたい」と、まるでF1レーサーみたいな事を嘯いていた彼の
とある日の記録である。
溢れるアイデアをなんとか形にするべく、孤軍奮闘する阿部の姿が克明に記録
されている。
まだまだ未整理で慣れた手癖の使い回しや、気持ちが先行して表現力が
追いついていない所は多分に見受けられる。
しかしそれ以上に若き魂の奔流とも言うべき唸りまくるSaxのブロウに、
やはりなにがしかを感じられずにはいられない。

別にポピュラー音楽すべてを否定する訳ではない。
ただ、一人の男がその生涯をかけて音楽に何かを託して駆け抜けた様を
それを聴く事ができる我々が受け止めるのは決して悪い事ではないと思う。

投稿者 metalx : 21:51 | コメント (0) | トラックバック