2005.01.31 | 旅をしよう
続・タイ旅行日記が出てきた 6
どこまで続くのか、1997年3月にいったタイ旅行日記です。タイのカンチャナブリーにて4日目の朝を迎えました。(1、2、3、4、5)
--
泊まった小屋の目の前

今日はもうカンチャナブリーを離れバンコクに戻るので、そうそうにシャワーを浴びチェックアウトをすることに。シャワー室はトタンでできたあばら屋のような感じ。お湯はでないがそんなに辛くはない。フロント兼食堂で昨晩盛り上がったメンバーが何人か情報交換をしていた。そうこうしている間に出発するメンバー、シャワーを浴びるメンバー、各々自分の旅をはじめた。俺もフロントで荷物を預かってもらうことにして、さっさとレンタサイクルをして町観光に出かけた。もうあのメンバーで会うことはないと思うと少し寂しいけどそれもまた仕方ない。
クワエ川の橋を渡り、墓地とカオポンCAVE(洞窟)を見た。
共同墓地は整然としていて大して見るものがあるわけでない。しかし、ちょっと足を踏み入れて墓石を見てみると、そこには当然各々の名前が刻んである。この名前を見てみるとその墓が単なる物質でなく、ひとつひとつ尊い命の入った精神世界のものだと感じたくさんの墓が心の中に重くのしかかった。涙が出そうになった。これだけたくさんの墓が並んでいるのは日本人が戦時中に犯した残虐な行為のせいだ。ほんとうにたくさん墓石が並んでいるがこれでもほんの一部なんだそうだ。追悼のメッセージが掘られているものも多い。「GOD CALLS, HE ANSWERS.」。そんな墓石をひとつひとつ見て回ったが時間がいくらあっても足りない。しかし、俺の先にゆっくり丁寧にお墓を見て回っている一組の白人の老夫婦がいた。なぜか墓地の周りだけ激しく蝉が泣いている。この墓に眠る人の声に聞こえてきた。
カオポンCAVEは一人で廻ると非常に怖かった。出てくると日本人の女の子にあった。「日本人の方ですか?」と声をかけられた。ちょこっとだけ喋ってすぐに別の道を進んだ。バンコクから日帰りで来ているらしい。
来た道を戻らずに昨日ミズタニ君から聞いた道でサイクリングを楽しみながら町に戻った。牛がいたりしてのどかで気持ちよかった。
“戦場に架ける橋”を渡りWW2 MUSIUMを見た。これもRiver GHで一緒だった日本人からの情報。たぶん一時間くらいは観ていただろう。名前を書くノートがあってそれの中で印象に残っていることを書いておこう。「写真の中の捕虜の目を見ているとその彼らの気持ちが伝わってくるのを感じた。」
18:06 | Comments(2) | TrackBacks(0)
TrackBacks
Trackback URL http://www.graphlabo.com/cgi-bin/blog/mt-tb.cgi/216
Comments
写真が少し色褪せて見えるのは月日が経ってるから?
いい感じに写真が古ぼけてるように見える―。
デジカメは便利だけど、やはりプリントしたものの方が
味が出るよねぇ。今年は普通のカメラとかポラとかで
もっと写真撮りたいなぁと改めて思いますた。
実はこれ違うんだなー。新たに買ったスキャナはフィルムスキャンもできるので、フィルムをスキャンしたのです。でも確かに色褪せて見える。。。あんまりいいカメラじゃなかったからやと思う。
といっても色褪せた写真は大好きで、いつかどこかでそんな写真を集めて展示会とかしたいとずっと思ってるねんな。まじで。
いつもコメント サンキュー!