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2006年08月21日

message in a bottle

出会いは別れ。

知ってるよ。
俺たちはいつまでも一緒ではないさ。

さようなら
過ぎた時間は,思い出になる前に
頭のなかから消えてしまった。。。


手渡されたボトルには
腐れ縁の仲間の名前と
彼女の名前。

ここにいた証し。
ここで過ごした。

そしてここから始まる。

この一歩が
大きな一歩なのか?
小さな一歩なのか?

その大きさを知るとき
俺たちは多分,
いまより少し
大人になっているだろう。


黄鶴楼送孟浩然之廣陵  李白

昔人已乗黄鶴去
烟花三月下揚州
孤帆遠影碧空盡
唯見長江天際流

(古くからの友は、黄鶴楼を出発して、
 春霞につつまれて咲く三月の花々の中を
 揚州に下っていく。
 一艘の船の帆影が遠く水平線に姿を消し、
 ただ長江がどこまでも流れていくのが
 見えるだけだ)

2006年06月17日

九州遠征

 最近仕事で日本全国津々浦々を行脚しているdycですが,今回の出張先は個人的にかなり楽しみ。というのも,小学校3年から高校卒業までの10年間を大分県で過ごした自称九州男児のdycさんですが,今回遠征するのは福岡&鹿児島。やっぱ九州っすよ,九州!なんつっても最近は焼酎三昧のdycさんですから,鹿児島なんていったらそりゃ興奮するっしょ。

■ちょっとラッキー

pokemon.jpg で早速初日の福岡行きの飛行機へと向かうdycの目の前に姿をあらわしたのは何と歩毛門。。。 こらこら,ポケモン(相変わらずひどい変換をしおる)。あくまでも仕事で行くんだけど,なんとなーく旅行気分になっちゃうピカチュウスマイルでした。ピカチュウに乗って福岡へレッツゴー!

■ゴージャス

 福岡での仕事をこなし,今度は博多駅から鹿児島へレッツゴー!まってろよー!
shinkansen.jpg で,新八代から乗り継いだ九州新幹線の内装にちょっとびっくり。東北遠征のときは東北新幹線のあまりのエコノミー感にほんとうんざり気味だったけど,これまた旅行気分になっちゃうような木目調のゴージャス仕様。ますます高まる鹿児島への期待!今夜が山田~!

 さて,鹿児島到着。駅をでると九州独特の空気。あー,久々だ。やっぱ気持ちいい。7時をちょっとまわったころだけど,まだちょっと明るい。まずはホテルのチェックインを済ませて,ネクタイ外して,では,参りましょう! と,ふとロビーラウンジの入り口のボードに目をやると,信じられない文字が。。。

 「生ビール・森伊蔵 各500円」

 え~!まじで~!そりゃ御当地だろうけど,生ビールと森伊蔵って,並列になっちゃうもんなのー?サプラーイズっ!ここでdycの興奮はピークに!
 で,早速ホテルを飛び出して,よさげな居酒屋を物色しつつ,安くてよさそうな店を発見。レッツゴー!ふむふむ,銘柄的には三岳や薩摩茶屋,お約束の伊蔵さんなどなど,いいんじゃないですか。で,ボトルを見てまずは三岳からスタート。ここでふと気付くと,メニューに焼酎1杯の値段が書いてない。。。 一抹の不安。。。 でもさ,御当地よ,生ビールと2トップよ。大丈夫でしょー!

 気付けば何を何杯飲んだかようわからん。。。 食べ物もいろいろ美味かった~。で,お会計。2人で6千円。6千円!一人3千円!うおー,やっぱ1杯400円くらいなんやー!ぎゃぼー!

 そんなこんなで初日は終了。2日目は朝から説明会じゃけん,サッカーも観ずに寝ましょう。。。 で案の定二日酔い。いや~,シンドカッタ。。。 えらいスンマセン。何とか充実した会にはなったが,もう身体的には限界ですわ。でも,午後はもう東京へ帰るだけだし,飛行機の時間まではだいぶあるし,気持ち切り替えて行こうぜー! 何処に? 焼酎買いにー!

■ゲット

 とはいっても,ちゃんと下調べをするのを忘れてしまったので,出張先でどこか品揃えの豊富な酒屋が近くにあるか尋ねると,あんまりないとの返答。あらら,残念。でもまぁ時間もあるし,適当にみてみよう。で駅前のショッピングモール内でまず1本。dycが生活飲料水として飲んでいるヤチ黒でおなじみ八木酒造さんの八千代伝の「南酎」というのが売ってたので,一升瓶で購入。後で調べると,こいつはどうも,そこでしか売ってないらしく,もちろん定価なので,喜びがあとからじわじわと来ております。でもヤチ黒は売ってなかったし,他の焼酎はあんまり魅力なかったなぁ。

 「南酎」とは: 「南酎」は、猿ヶ城渓谷の水に惚れ込んだ吉行氏が黒麹と追い麹に黄麹を使用し、卓越した技術によりかめ壷で仕込み熟成させた、まろやかにしてコクとキレのある「飲み切りのいい」焼酎です。  だそうです。 さらに:「南酎」は、南国鹿児島を代表する焼酎であって欲しいとの想いを込めるとともに、鹿児島では「誰が、なんと言ってもおいしい」ことを「なんちゅてん うんまか」と言うことから名づけています。  だそうです。

nanchu.jpg いや~,バッグの中にはやたらと重たい I ちゃんのthink pad。さらに手には一升瓶。なにやってんでしょうか。。。 で,焼酎もゲットしたし,満足満足。あとは帰るだけやね。で空港到着。空港の売店もやっぱ焼酎だらけだねー,やっぱ気になるから全部回ってみておこう。7,8軒連なるお土産屋さんの中で最後に覗いた店でまたまたサプライズ。そこにはまさにdycの生活飲料水・ヤチ黒ちゃんが鎮座しておるではありませんか。720ml だけど,どうしよう。。。 つうか持って帰れんよ。。。 さんざん迷って結局購入。アホですな。

 そんなわけで,あくまで「仕事で」遠征した九州ですが,なんだかどうにも,スミマセン。。。

2004年12月14日

ネパール紀行 part3

 一期一会という言葉があります。
 僕にとってこの旅は,おぼろげながらに
 この言葉の意味を知るものとなりました。
 彼に出会ったからです。

■韋駄天 スシール(其の一)

 カトマンズ盆地にはほどんど信号というものがない。もしあなたがかの地を訪れたとき,カトマンズからバクタプルへと向かう街道を走行する機会があればわかっていただけよう,あたかも渋谷Q FRONTからセンター街へと続く人の群れのように交錯する,このネパールの交通事情を。
 長距離バスや大型トラックに混じって日本製の軽なんかもがんばっている。大型の後ろにつけた車はそれがマナーであるかのように(実際,大型車の後部には「HORN PLEASE」とペイントしてある),猛烈にクラクションを鳴らす。そしてあなたがもし,かの地を訪れ,このカオスの中に身を置いたとき,ひときわ激しくクラクションを鳴らすエンジ色のワンボックスを見かけたならば,それは彼かもしれない。

スシールと.jpg

 彼の名はスシール。バクタプル生まれのバクタプル育ち。20歳。ジェット・リーを崇拝し,自身もカンフーを嗜むなかなかの色男だ。そしてなんといっても,ときに全てをなぎ倒すかのように大胆に,ときに針の穴に糸を通すような繊細さで魅せるドライビング・テクニックには思わず唸ってしまう。
うぅむ,できる。。。

 でもそれだけでは,僕もそしてきっと彼も,一期一会の意味を知るには至らなかっただろう。日捲りカレンダーをたてつづけに千切るように過ぎていく旅の予定。少しずつ打ち解けていった僕ら夫婦とスシール。

 続く

2004年12月01日

ネパール紀行 part2

 ネパール・カトマンズ盆地には3つの都があります。過去と現在が混沌をなす首都カトマンズ,中世の風情を残しつつ観光客で賑う都パタン,そして僕が最も心を惹かれた,生きた中世の都バクタプルです。

■古都バクタプル 中世の情景

 その都の入り口にたたずみ,煉瓦の敷き詰められた細く曲がりくねった路地の奥に目を向ければ,車で30分ほどの首都カトマンズの喧騒が,同じ盆地とは思えないほどに遠のいていきます。
バクタプルの象.jpg 見渡せば,立ち並ぶ民家もすべてが煉瓦造りで,細工を施した木の窓枠が乾いた街の質感に仄かな湿度をあたえます。どこへ向かうでもなく,煉瓦の上をその温かみを感じるようにただ進んでいくと,どこからともなく鉦(かね)や太鼓の音が聴こえ,やがてバクタプルの中心,ダルバール広場へと辿り着くのです。
 心地よく響く鉦や太鼓はこの広場の一画にのんびりと腰を下ろした地元の老人の集まりの奏でるものでした。バクタプルにとってそれはごく日常的な風景で,なにも今日が特別な日というわけではありません。朝に夜に,人々は祈りにも似たこの音を奏でるのです。

 夕刻,広場の五重の塔の石段を登り,灯りの燈るバクタプルを見渡すと,子供のころ日が暮れるまで外で遊んで,そろそろおなかもすいてきて,うちにかえろっかなー,と思って駆け出した記憶が蘇ってきます。バクタプルの夜.jpg 街全体が一つの迷宮のようなバクタプル。ほどよい暗さのなか,気の向くままに歩いていると,いつしか自分がこの街に溶け込んでいくような気持ちになっていき,脇の店で「パニ,ディヌス(水をください)。」なんてごくごく自然に言えるようになるのでした。

 ダルバール広場から歩いてすぐのゲストハウスにて一泊。どこかでお祈りの鉦の音。うとうとと眠っていてもときおり聴こえてくるこの鉦は,聞くところによれば一晩中鳴っているのだそうです。でも決してそれは耳障りなわけでなく,さらに深い眠りへといざなってくれたようで,いつしか聴こえなくなっていました。

2004年11月23日

ネパール紀行 part1

 僕の妻が幼少の8年間を過ごした国,ネパール。僕にしてみればかの国は「秘境」に属する,それはそれは未知なる国なわけです。かねてより,ネパールへ行く話は出てはいたのだけど,いざとなるとそこはやはり,一抹の不安とでも言いましょうか,ホントに大丈夫?といった気持ちにもなりました。ただ結婚以来,新婚旅行にも行かずに1年半も経過した今,あらためて考えると,やっぱり行ってみたい。そう,この人を惹きつける感覚こそ,秘境の秘境たる所以なのだ。というわけで,行って来ましたネパールへ!

■ネパール その大いなる魅力

目玉寺.jpg ネパールといって連想するもの。ヒマラヤ山脈,エベレスト,目が描かれたお寺。正解。そしてこれらはみな確かにすばらしい。ただ僕たち日本人旅行者の多くは,おそらくネパールに到着し,空港ロビーを出た瞬間から,なにやら尋常でない雰囲気に圧倒されることでしょう。
 待ち受けていたのは,成田でベッカムを待つ報道陣さながらのホテルの客引き。もともと日本はネパールにとって最大の援助国であることもあり,ネパールの人々は基本的に日本人に対してとても友好的です。ですが,友好的な人々があの数で押し寄せるとしたら。。。少なくともこんな形の言ってみれば「パワー」のようなものは,普段の生活ではまず接することのないものでした。

 ちなみに,今回の旅行は妻の実家がネパール時代から親交があり,現在もネパール在住のたみおばさんの全面的なバックアップによって実現し,そしてとても充実したものになりました。たみさんは「にば庭ロッジ」という,とてもかわいらしいロッジをナガルコットの丘のうえで経営なさっています。

 さて,たみさんのお出迎えで空港を脱出した僕らは車で一路ナガルコットへ向かいます。車窓からうかがうカトマンズの街並みは,砂埃のなかに人や牛,ヤギ,鶏,イヌがひしめき合っていて,そんな中をドライバーのスシール君(後ほどご紹介します)は,日本でこれやったら絶対殴られるでー,くらいにとにかくクラクションを鳴らしつつ突き進んでいきます。この時点で僕はもう既に,この「秘境」のとりこになっていました。

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