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2005年06月16日 | おはなし

3分くらいの映像で/

配役    男.......劇団ひとり   女......管野美穂
音楽    「ナイトクルージング」  fishmans

犬のように駆けるのだ。
3日ぶりにメシにありつける野良犬のごとき
焦燥感と期待感にみちみちた速度で。
速く速く地球上のどんな生物よりも速く。
胸の中をキンキンとがったものがぶつかり合い、
黒い火花をあげる。
ススススススス突如停電からからからまわりエンスト。
ふにゃけてゆくこころと体をなだめひきずりながら、
もうあと、すこし、あと、すぐ、そこ、
マンションの前でのたのたのたと停止。
ああ。
どうして。俺は。来てしまったのか。

さかっていた炎は
放置されたキャンプファイヤーのしょぼたれたモエカスに。
はあはあと舌をだし、空を見上げるのだ。
マンションの2階の窓から蜂蜜色の灯りがじんわりとしたたる。
あの人のいる部屋。
体がふるえる。
しんしんとした熱さと寒さ。
はあはあと出していた舌をひっこめて
両手をひざに突っ張ってようよう立ち上がる。
ここまで来たんた。来てしまったから。
だから。
ノックしなければ。

階段をあがりドアの前に立つ。
ドアの隙間からもれる灯り。
ノックに答える声。
ノブにかかる手。
ぐちゃぐちゃのまま考えるの停止。
ノブは回った。ドアは開かれる。
バカ犬にもどるな今夜は。
これから俺におとずれる幻が、
どんなにきれいで愛おしくとも
ひとつまみの喜びも
もたらされないだろうから。
たくさんの焦燥と後悔しか
もたらされないだろうから。
それはこれまでも繰り返されてきたこと。
それでもなお幻を
見たいと望んだ。
だから。

あの人を背にして歩く。
ときどきあの人をふりかえる。
真っ黒なケープをはおって、
すそが風にふわふわとなびく。くすんだ赤茶色の革のブーツ。
髪を後ろでひっつめて、大きな黒い瞳。
まるで
遊牧民のお姫さま。
あの人の首に噛みつきたくてたまらない。
あまいあまいネクタルが流れるそのほそい首。
つばがあふれる。でも。
あの人は透明な膜につつまれている。
うすくて
けっしてやぶることはできない膜。
その膜のむこうからこちらを眺める。俺をとおりこす視線。
ごくりとつば飲み込んで、のびかけた 犬歯を引っ込めて
あの人を街のオアシスへご案内。

短針と長針の重なる部分に、
ぽつんと穴が空きあれあれよというまにブラックホール。
乱れる気持ちを無頓着にぐいぐいと吸いこむ。
いっそあの人ごと吸い込んでしまえ。
俺は呆然と幻が吸い込まれて行くのを呆然と見ている。
お姫様は、帰り支度。

触れることのできない幻に
これからもずっと飢えつづけるのか。

あの人は手をふるさようなら!
俺はダッシュする。野良犬にもどって猛然とダッシュする。
夜の砂漠を駆けぬける。
しょぼたれたバカ犬の最後の速力で。
バカなことだけど、バカなことだけど。
どうしようもないくらいバカなことだけど。

駅の階段を駆け上がり
くだをまいてるもつれあっているへたりこんでる
たくさんの人々を追い越して
たどりついた駅のホーム。
電車のドアがあき、出る人乗る人ホームにあふれる。
ああ。
あの人が電車に乗りこむのが見える。
あの人の乗った車両に近づいて行く。
体じゅうがしんしんと冷えてゆく。
あの人は乗り降りする人にもまれている。
あの人の乗る車両の前に立つ。
あの人は背を向けてつり革につかまっている。

しろいくび。
あまいネクタルが流れているしろいくび。
あと、一歩。

あの人が振り返る。

窓人窓人窓人窓人窓人窓人。
夜へすべり出る電車。
車窓から、糖蜜色の灯りがながれだす。

あの人は、ききわけのない飼い犬をあやすような目で
俺を笑っていた。

ふくらみきった体がぱんとわれて
しゅうしゅうと空気を吐き出しつづけている。
ホームに膝をつき手をつく。
なにやってるんだ。俺は。
望みはないとわかっていて。なぜ望む。
苦しむだけだとわかっていて。なぜ望む。
なぜ。
コンクリートに打ち付けた拳から流れる血。
幻を見るために犠牲にする、俺のネクタル。
にがいにがいこの酒を、あの人に。

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